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nama×3players/『もりもりピクニック』@北方文化博物館

2011/08/07 00:16
 先述の日記にある、『語りえぬものを語る』を読み始めた。この本は、短編の哲学コラム集のような本で、各章毎回ゆるやかに関連性のある議論が繰り広げられている。あらためて思うことだけれど、ウィトゲンシュタインなどの分析系の哲学は、人にその面白さを伝えるのに苦慮する。というのは、結論だけをかいつまんで話すと、まるで当たり前のことを特殊ぶって語っているみたいになるし、なぜ問題が問題になりうるのかを説明しようとすると、自分のような説明下手な人間には、問題の所在をなかなかうまく話せずじまいになる。んー、だけど面白いのは面白いのだ。ちょっとまわりくどいけど。

 namaの公演を観てきた。今年も屋外(先週は別の場所で屋内だったようなのだけど)で、毎度ながら会場選びのアイデアとセンスに脱帽。そして今年も猛暑の中、奥行きのある、芝生の広場いっぱいに駆け回って、元気もりもりの公演だった。今日は夏らしい青い空と日差しも相俟って、爽快な時間を過ごした。
 作品は、出演者の4人がおにぎりを食べさせあう場面が印象的だった。「食べさせあう」と書いたけれど、4人が体を絡ませあいながら、誰かの股をくぐりぬけ、あるいは誰かの体の後ろから手を伸ばし、ときに意表をついて出現するおにぎりが別の誰かの口の前へと差し出される光景は、無理やり食べさせているようでもあり楽しかった。あんなに手間ひまかけて食べられているおにぎりは初めて観た。
 踊りそのものについては、動きにバラつきがあってキレやグルーヴがもうひとつ、だったのだけれど、あの暑さの中で動きまわっていることが恐れ入ってしまうし、統制などとれていない方がかえって生身の体っぽいし、アツさが伝わってくるところでもありました。
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にゃーご

2011/08/06 00:06
画像「いまの私の論理空間をはみでた、私と異なる論理空間をもった他者。私はそんな他者を立ち上がらせたいのである。だが、私の前に、繰り返し、ウィトゲンシュタインの声が響く。――思考しえぬことをわれわれは思考することはできない。
 私は、この独我論を拒否したいのだ。」(『語りえぬものを語る』野矢茂樹)

 今週は長らく数字合わせとの戦いだった。ひとまず、それが完結してよかった。安堵することにする。
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取消し或いは解除と登記

2011/08/02 23:28
 テレビなどのマスコミやネットの中での地震、原発問題、あるいは先日の水害からの政府批判、電力会社批判、日本批判などなどが日々続いている。ここで何かを書くこともまたその一つなのだけど、どれも賦に落ちないし、説得力がない。批判や、それと向き合うことは、離れた場所からではなく、その現場で、ほんと、グランドゼロで行ってこそ人の胸を打つんじゃないか。
 例えば、震災直後(からもそれ以後も)、あの現場で、きちんと地震と、原発と、放射能と向き合った人は、それについて語る、あるいは表現する人の中に、どれだけいるだろうか。
 自分は、自分の現場で精一杯だったし、もちろん、俯瞰的に何かを考えられているわけではないので、災害自体について語ることは何もできないないのだけど。語ることについて語ることにもそれほど意義があるのかわからないけれど。

 しかし、いかんせん今日も数字が合わない。
今の仕事をするようになってから、様々な計算式の入ったエクセルシートを何枚も比較しながら数字をあわせる、という作業をしているのですが、パソコンの画面だけを見ているとどんどん集中力が落ちてきて能率が悪いですね。
一度、紙に打ち出してからやると突破口が開かれる時がしばしばある。(けれどつい画面にくいつきすぎてドツボにはまって時間を食う、というパターンが多い。)
なんとかしたい。あの数合わせ。

標題の件で、下記のとおり、今日の学習を備忘録的に残しておきます。


(1)「取消しと登記」

ケース1「取消し前の第三者」
@Aが自己所有の甲家屋をBに売る。
ABが甲家屋をCに転売。
BAがBとの売買契約を取消し。

Q:Aの取消し主張に対して、Cは対抗できるか?
⇒Cが善意であれば対抗できる。(AはCに取消しを主張できない。)
※Aが制限行為能力者、または強迫による強迫による売買契約の取消しを主張しているならば取消せる。
※Aの取消し主張が詐欺によるものであれば取り消せない。


ケース2「取消し後の第三者」
@Aが自己所有の甲家屋をBに売る。
AAがBとの売買契約を取消し。
BBが甲家屋をCに転売。

Q:Aの取消し主張に対して、Cは対抗できるか?
⇒CがAより先に登記をしていれば対抗可能。(ただし背信的悪意者であれば対抗不可。)


(2)「債務不履行解除と登記」

ケース1「債務不履行解除前の第三者」
@AとBの間でA所有の甲家屋の売買契約成立。
ABはCに甲家屋を転売。
BAはBに代金支払い請求。BはAに引渡し請求。Aの代金支払い請求に対してBが債務不履行。

Q:Aの債務不履行にもとづく売買契約の解除の主張に対して、Cは対抗できるか?
⇒登記があれば対抗できる。(ただし背信的悪意者であれば対抗不可。)


ケース2「債務不履行解除後の第三者」
@AとBの間でA所有の甲家屋の売買契約成立。
BAはBに代金支払い請求。BはAに引渡し請求。Aの代金支払い請求に対してBが債務不履行。
ABはCに甲家屋を転売。

Q:Aの債務不履行にもとづく売買契約の解除の主張に対して、Cは対抗できるか?
⇒登記があれば対抗できる。(ただし背信的悪意者であれば対抗不可。)
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友の結婚式

2011/07/18 17:52
画像 小学校来の(新婦は中学校来の)友人の結婚式だった。やっぱり和服の方が似合っていた。おめでとう。
 ところで、二次会で高校時代の友人に久しぶりに会った。彼が新婦の友人として招待されていたのも意外だったのだけど、彼に聞くところによると、会場には来ていない別の友人が舞踏を始めているという話があり、一層意外だった。なおかつ、舞踏に傾倒し、突如、農業法人で働き始めたというのも驚きだった。また縁があったら、一緒にお会いすることになった。すごく興味深い。
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7月10日

2011/07/10 17:38
http://ameblo.jp/kininaru-word/entry-10942170227.html

http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110703ddm041040157000c.html

http://www.webdice.jp/dice/detail/3097/

http://ja.favstar.fm/users/hiranok/status/87330669105119232

http://ja.favstar.fm/users/hiranok/status/87333358442520576

http://d.hatena.ne.jp/sakurah/20110704/p1
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『偉大なる、しゅららぼん』

2011/07/02 23:37
 万城目学の『偉大なる、しゅららぼん』を読了。後半、もうひとつ物足りなさというか、展開の粗さみたいなものを感じてしまった。クライマックスになるにつれて、会話文(カギ括弧)が増えたように思う。会話文が増えて、地の文が減ったことで、展開のスピードやリズムが出てきたとは思うのだけど、半面、物語の情景描写まで会話文に頼ることになって、結果的には表現の豊かさが損なわれてしまったように思われた。ただ、物語の結び方がうまい人というのが万城目学のイメージで、今回も素敵だった。



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6月30日

2011/06/30 23:08
 ちょっと傷心な日記を。最近ひどく神経をすり減らす毎日が続いていて、暑さもあり、気が滅入りそうになることが多い。心と頭が擦り切れていると、何をやっても手につかず、毎日が不完全燃焼の悪循環になる。今日はあからさまに元気のない一日を過ごしてしまった。リフレッシュに休暇をとりたいと思うが、7月は出張も多く、日々の通常業務を終わらせるのは至難。心のケアを、どうしていくかというのがひとつの課題だ。
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6月26日

2011/06/26 21:28
画像 パーマをかけた。後ろ髪だけなので自分では確認しづらいのだけど、Aに見てもらったらちゃんとかかっているとのことだった。そいつはよかった。
 東京に遊びに行くといつも泊めてもらっている友人Tにお中元を送ろうと、電話して住所を聞いた。昨年に引き続き、公務員試験を受験したTは、今年もうまくいかなかったらしい。次こそ受かってほしい。自分も今年こそは、試験に合格だ。
 写真は先日買ってから毎晩ちょっとずつ読んでいる万城目学の『偉大なる、しゅららぼん』。まだ読み終わってないので読み終わったらまた詳しくまとめられたらと思っているけれど、なかなか面白い。
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めがね

2011/06/19 12:59
画像 めがねを新調しました。久しぶりに少し高い買い物をしました。「999.9」と書いて「フォーナイン」と読むブランドだそうです。眼鏡歴が長いわりに眼鏡のことにはまったく無頓着で、その価値についてはよくわかりません。お店の方が強くお勧めしてくださったのもありますが、僕はフチなしのこのスタイルが気に入った次第です。
 さて、最近観たものについて、備忘録的に記します(といっても少し前のもありますが)。
 6月4日に清澄白河のSNACで室伏鴻の「即興二番」を見ました。冒頭、上半身裸、布で顔を覆った姿で現れると、舞台の上で体をこわばらせたり、身もだえしたり、壁に頭を打ちつけたり、時にうなり声をあげたりする姿に、見る側は緊張させられる。と思いきや、しばらくしておもむろに顔の布をとりはらう室伏が、「フ、今日はシリアスだね」と言うや否や、見る側の緊張は一気に弛緩させられ、思わず笑ってしまった。そこからは、舞台上で穴を見つけ、指を突っ込んだら抜けなくなってしまったり、舞台の上から転げ落ち、観客に倒れ掛かったり、「舞台なんていらない!」と言いながら舞台上のセメント(?)をむしゃむしゃと食べてしまったりで、見ているこちらは、はらはらと弛緩を繰り返し行ったり来たりさせられてしまった。未だ言葉にできない衝撃を受けた舞台だった。
 6月17日、今月から通いだした映像製作教室の先生、二瓶さんにお借りした『ラ・ジュテ』を観た。28分間の短い映画で、映像というより写真が展開し、ナレーションで話が進行していくものだった(時々字幕にも入らない謎のつぶやきがあった)。グルーヴがまったく無く、正直よくわからない映画だったけれど、初めて見る感じの映画で興味深かった。
 いまほど、隣の奥さんが生まれて間もない赤ちゃん(さやちゃん)を連れてやってきた。さやちゃんは僕を見るなり放心状態になったかのように目を丸くしていたが、隣の奥さんが「ほらー、お金くれるおじちゃんだよ」と言うと、またたくまに顔がにやついた。
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いつまで続くか

2011/04/14 23:38
これはリハビリなのだ。
文を書き出すリハビリ。
今日はうー。
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さっそく

2011/04/14 00:05
あー
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ライブレポ

2011/03/06 10:59
 人が何かに出会ったときに心が躍らされるには、少なくとも二つのパターンがありうるんではないか。
 ひとつは、ある特定のジャンルとの出会い対して喜びを感じるパターン。音楽が好きだとか、絵画が好きだとか、はたまた、ポストロックが好きだとか、抽象画が好きだとか、予定調和的に、ある特定の対象に出会えたならばその瞬間に一応の喜びを感じられる。
 もう一つは、ジャンル云々ではなく、なんであれ、あるセンス、ある強度(ここで客観性、主観性については問題ではない)に対して反応するパターン。もしかすると音楽が好きなのでも絵画が好きなのでもないかもしれない。
 昨夜は、長岡のRaison d'etreまでライブを見に行った。出演者はみなさん若かった。僕はそれほど音楽に詳しくないし、技術的なところは全部まねできないし、みなさん演奏は上手だと思えましたが、みなさん作品としての成熟度が欠けていたような気がしています。なにか、特別に面白いことをやってやろうとか、お客さんをどうにかしようとか、批評的な態度みたいなものが欠けているような気がしました。でも若い人ががんばっているのには励まされるところもありました。
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SNOW@まつだい郷土資料館

2011/02/20 21:07
 昨日は一日雪祭りの警備でした。今年は天気がよく、新調した上下セットのスキーウェアを着ていると暑いときがあるくらいでしたが、半日たちっぱなしはやはりくたびれました。

 今日は、先日外山君に紹介してもらったパフォーマンスとインスタレーションを見に、夕方、まつだい資料館へ行きました。まつだい郷土資料館は初めて行ったのですが、趣深いところで、それは良かったのですが、パフォーマンスが始まり、暗転した後も煌々と光るデジタルフォトフレームが客席にあったり、子ども連れの声が気になったりで、どこかデリケートなところがないがしろにされている心地でした。パフォーマンスが進むと、そんな繊細なところは気にするべきところではなかったのか、観客を引き連れて二階にあがったり、観客とコンタクトをとったりするところがありました。そういう部分の良し悪しをどう判断するか。僕はポジティブにはなれませんでした。インフォに「舞踏」とあったのですが、僕には(少なくとも僕が知っている)「舞踏」ではないなにかのように思えて、その点でどこか肩透かしにあった気分でした。それが僕がポジティブになれない大きな理由でした。
 「舞踏」はどんなふうに解釈されているのでしょうか。東京から新潟に帰ってきた頃、「ダンス」の解釈の狭さに人の趣向の貧しさを感じ、「ダンス」を拡張させられたら、と思い、少し活動をしました。しかし、ここで「舞踏」の解釈(?)の広がり(?)に疑問を感じていました。新潟で活動されている方、その他、きっと世界中に、「舞踏家」と称する方がいらっしゃるのかもしれませんが、なにをもってパフォーマンスを「舞踏」とするか、自覚的であるのか、僕が無知なのか、そんな言葉は気にしなくていいのか。
 そんなことを考えると同時に、なんとなく朗らかなムードにつつまれる会場の人たちを見ていました。目の前にあるものを楽しんでいるように思えました。それが僕にはなんとも居心地が悪かったので、外山君には申し訳なかったのだけど、外のインスタレーションをあまり見ることなく、足早に帰宅しました。
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近況。

2011/01/23 17:58
 先日は雪道で転んだ際に、ポケットに入れていたケータイをヒップ・ドロップで砕いてしまうというアクシデントがありました。幸いにもデータは生きていたので助かったし、ありがたいことに機種変更もしないで済んだし、お金もかかりませんでしたが。不幸中の幸いでした。もうしばらくF902isとの生活は続きます。

 ところで、うちのアパートもついにフレッツ光にする申し込みをさっき済ませてきました。ネット料金もADSLより光の方が安くなるみたいだし、通信速度も安定しそうです。光がつながれば、さらにお店のポイントが1万円分追加されるらしいので、ブルーレイレコーダーを購入する足しになりそうです。ついでに、この機会に無線化も検討中で、ゴチャゴチャしてちょっと見栄えの悪い配線もスッキリしたいと思っています。

 それから先日、ヒッチコックの『ハリーの災難』をレンタルしてきて見ました。ヒッチコック映画では観たことがない趣向でした。ある日、森の中で横たわって死んでいる男性(ハリー)が、様々な理由で何度も土に埋められ、掘り起こされる、という若干コメディタッチな話でした。

 それと、来月末にひょんなめぐり合わせで愛知にでかけることになりました。楽しんできます。
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ヒッチコック映画

2011/01/16 11:40
遅ればせながら、新年初ブログです。
今年は昨年以上に実りがある一年にしたいなぁと思っています。

昨年からになりますが、BSでやっていたのを契機に特に年末から年始にかけてヒッチコック映画を何本か観ています。これまで観たのは、

『北北西に進路をとれ』
『裏窓』
『サイコ』
『鳥』
『めまい』
『見知らぬ乗客』

で、昨夜、『ハリーの災難』を駅前TSUTAYAさんで借りてこれから観ようというところです。ヒッチコック映画について、何かわかりそうでまだわからないといった感じですが、時間があるときに引き続き観ていきたいです。
今週末は、この冬一番の寒波がやってくるということで、アパートに閉じこもったままです。家にいると、すぐ寝ちゃいそうになる。
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『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』

2010/12/29 11:26
 今日は朝から友達がうちにPS3持参でブルーレイ版のアニメを見せてくれたのですが、ブルーレイはすごいなー。ほんの少し画面が切り替わる度に映像のきめ細かさにうっとりしてしまいます。ブルーレイがすごいのかもしれないけど、ブルーレイで見るアニメの画も素晴らしい。たぶん手書きの画ではなくPCでデジタルに作った画だと思いますが、画力に余力を感じてしまって感動してしまった。

 ちなみに今朝見たのは『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』というアニメでした。兄に冷たいけどスポーツ万能、成績優秀、雑誌モデルをしている中学生の妹が、実はオタクゲーム(兄と妹との恋愛シミュレーションゲーム)にはまるオタクであるという秘密を打ち明けられてしまった兄の話。面白い。
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生姜とレモンのチーズケーキ

2010/12/26 23:08
画像


 メリークリスマス!生姜がちりばめられていました。今日は車を運転中、信号無視をした車とぶつかりそうになってひやりとしましたが無事でした。良いお年を、なんて言ってられなくなってしまうところでした。ほっ。
 今年のM‐1は、個人的に一番笑ったのはスリムクラブだったのだけど、優勝したのは笑い飯で良かったと思いました。今年はブログをほとんど更新しませんでしたが、こんなふうに日常的なことを来年はもう少し書いていこうと思います。来年もよろしくお願いします。良いお年を。
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12月18日

2010/12/23 13:42
 20日の月曜の朝から体調が悪くなり、病院に行くと腸炎と診断された。やっと少しずつ良くなってきたところ。お腹を壊しやすい体質なので、段々と忙しくなるこれからの季節は特に気をつけないと。

 先週末は東京へ。18日の土曜日はまず、東京都現代美術館へ『トランスフォーメーション』を見に行った。展覧会のポスターにある「生きることは変わること」というメッセージや、展覧会概要でもある「変身‐変容」をテーマとして扱った展示になっているのは明瞭だった。人と他のものの境界にせまるという一つの試みが見る者にとってもよくわかる展示であったようにも思える一方で、特に前半の、やや陰鬱とした、グロテスクな作品の印象が強烈だった。後半に展示されていた、人に鳥のさえずりを真似させて倍速で流すマーカス・コーツの作品や、スプツニ子!のロボットなどは、もしかするともっとユーモラスに見えても良いものかもしれなかったのだけど、見ているこちらが前半のテンションを引きずっていたためか、妙に毒々しく見えてしまった。

 お昼は清澄の七福という食堂でカツ丼を食す。外から見ると少し古びててこじんまりとしたお店に今回初めて入ったのだけど、中はギュウギュウで大賑わいだった。味もボリュームも満点。
 
 午後は小山登美夫ギャラリーで蜷川実花の展覧会を見た。どれもビビットだった。展覧会の会場で、他のお客さん(二人組の女の子)に、作品を前にして写真を撮ってくださいなどと頼まれた。鹿の作品の前だった。例えばこの、人と一緒に記念撮影される作品が、『トランスフォーメーション』のマシュー・バーニーの作品でありうるだろうか、と考えながら彼女達を見ていた。記念写真の被写体になりうる作品とならないだろう作品の違い、などというテーマで考える意義があるのかどうかわからないけど、なりえない作品で撮った記念写真は、蜷川実花の作品とともに記念撮影した写真にはないメタ写真になりそうな気がした。

 その後、吉祥寺へ向かい、壺中天の『壺ひっくり返っちゃった大作戦』を見る。公演がはじまると、全身白塗りの5人の女性が舞台で動きはじめる。時より舞台上の誰かが「ヒャッ」というような音が次の動作へ移る合図となって、様々な動きをゆっくり繰り返していた。しなやかでもなく滑らかでもない運動。けれど、プルプルとした微動を伴いながら、ぎこちなくて硬い、緊張した体が見せる運動と、「ヒャッ」という声の合図とともに次の動きへと変わる瞬間にだけ見せる弛緩した体が見せる運動。なめらかな動きよりも一層デリカシーのようなものを感じる。
 舞踏とは何か、と、様々な話を読んだり聞いたりしたが、そうした話の中では、しばしば運動の受動性、アクションではなくリアクションとしての運動の重要性のようなものが、舞踏の大きな要素として説明されているように思える。確かにこの舞台の様々な部分でそれが垣間見れたのだけど、そうした説明以上に運動の豊かさがあって、久しぶりに胸に来る舞台を観た気がした。

 それから、A-thingsの展示を見に行き、GONOというハンバーガー屋さんで炭火焼バーガーを食し、中華街へ行き、隆昌園で海鮮かたやきそばを食し、のんびりみなとみらいの夜景を見て友人の家に帰宅。
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近況について

2010/12/13 23:30
 お久しぶりです。この頃BSでやっているアルフレッド・ヒッチコックの映画を見ています。この一週間で『ジョジョの奇妙な冒険』をたくさん読んでいます。今、22巻。あとカレーをたくさん食べています。
 今週末は東京へ行く予定でいます。東京都現代美術館、国立西洋美術館、森美術館を観て、それから壺中天の舞台を観ます。
 
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『ザ・コーヴ』

2010/09/20 22:16
十日町シネマパラダイスで『ザ・コーヴ』を観てきました。 今年の冬くらいからずっと観たかった映画。
夏の初めに日本でも放映開始となるはずが、反捕鯨問題や、日本人の国民性を批判するような部分があるなどの理由で、日本国内に配給先がなかなか見つからなかった作品が、十日町で観れるというのは千載一遇の機会だと思って観ました。この日本で、イルカが年間2万3千頭捕獲されて、売買され、あるいは殺されている場所があるという事実をどう考えるか、と問う映画だと観るのなら、これはドキュメンタリー映画だと思います。ただ、この映画はドキュメンタリーとかジャーナリズムというよりは、もっと積極的な活動だと思います。

イルカが2万3千頭捕まえられている。捕まえたイルカのいくらかは、世界中のあちこちの水族館や機関に売買されている。イルカは非常にストレスに弱い生き物なので、ストレスが原因で水族館で死ぬことがある。水族館や研究機関に転売される以外のイルカは、報道機関が立ち入り禁止になっている場所(撮影も禁止で、その現場が見える場所にも立ち入り禁止)で殺されている。撮影をしようとすると、地元の住民や漁師、警察によってそれを阻まれる。イルカは人間に近いか、もしくは人間よりも高い知性を持った生き物である。イルカは鯨の仲間であるけれども禁止される捕鯨の対象にはならない。イルカは体内に大量の水銀を含んでいる毒性のある生き物であるため、食用とするには危険である。つまり、捕獲することは悪いことなのに日本では捕獲されて殺されている。しかも、それが極秘で行われている。

というのを撮影した映画でした。いろんなことを考えさせられる映画でした。

イルカがかわいそうだと思う。厳重な設備と監視がいる中をくぐりぬけて撮影禁止となっている場所からイルカが大量に殺されていく入り江(コーブ)で、真っ赤に染まっていく海の水や、イルカの鳴き声は非常にセンセーショナルでした。地元の漁師や住民は、非常に野蛮で悪者であるように映されていました。日本が示す科学的な数値を覆すような主張や映像がありました。一方で、イルカ漁で生きる地元の人を考えました。その地元にあるイルカを観て楽しむ博物館、イルカの石彫が実にシュールに見えました。なぜイルカを殺してはいけないのか、なぜイルカは殺してはダメで、牛が殺されるのは良いのか、映画とは関係ないようだけど、なぜ人は殺してはいけないのか、考えました。

イルカ漁、鯨漁は悪いこと、というのを主張した映画だって客観的に見るにはあまりにセンセーショナルな映画だったけど、イルカ漁、鯨漁が悪いことを主張するのにシンプルにすっきり肯定する気持ちになっているわけでもなく、とにかく複雑な気持ちでした。事実とか正義というのは、例えばそれが本当にあったことだったり、みんなで決めた決まりだからって、すんなりとした気持ちになるかというと、人の気持ちは、気持ちとしてそうじゃない時もあるだろうし、それが人間だと思います。あれはこれこれこういうものだ、と簡単に決着をつけないで、これを見ることに伴うストレスとか不快感もひっくるめて、ぜひ他の人にも自分で観て考えてほしい映画だなと思いました。館内にはちなみに自分も入れて6人しかお客さんがいませんでした。
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